百人一首第三十五番 紀貫之『人はいさ』を情景と背景から完全解説で、
和歌の世界を旅してみませんか?
人の心は移ろいやすく、
昔のままかどうかは分からない。
しかし、ふるさとの桜の花は変わらず、
昔と同じ香りを漂わせている。
今回ご紹介するのは、第三十五番『人はいさ』。この歌は、時の流れと変わるもの・変わらないものの対比を美しく描いた一首です。

百人一首第三十五番 紀貫之『人はいさ』を情景と背景から完全解説では、初心者の方にもわかりやすく、和歌の背景や楽しみ方を丁寧に解説していきます。

紀貫之の繊細な感性が光るこの和歌の背景や情景を詳しく解説していきます。
和歌の魅力をより深く理解するために、和歌と短歌の違いを学べる記事もぜひご覧ください。和歌の形式や表現の違いを学ぶことで、百人一首の味わいがより一層広がります。
また、百人一首の流れを追って楽しむことで、和歌の歴史や背景がより深く感じられます。前の歌をまだご覧になっていない方は、ぜひ百人一首第三十四番 藤原興風『誰をかも』の記事も併せてご覧ください。
紀貫之の生涯と百人一首の背景
生涯について


紀貫之 – Wikipedia(生没年不詳)は、
平安時代前期から中期にかけて
活躍した貴族・歌人です。
下野守・紀本道の孫であり、
紀望行の子にあたります。

官位は従五位上・木工権頭に至り、没後に従二位が贈られました。『古今和歌集』の撰者の一人として名高く、三十六歌仙の一人にも数えられています。
歴史的イベント
紀貫之は、905年に醍醐天皇の勅命により
『古今和歌集』の撰者の一人として選ばれ、
日本初の勅撰和歌集の編纂に尽力しました。
また、彼の作とされる「仮名序」は、
日本語による和歌の意義を説いた画期的な文章であり、
後の和歌文学に大きな影響を与えました。

さらに、土佐守として任地に赴き、その際の経験を『土佐日記』に記し、日本最古の仮名文学作品としても名を残しています。
他の歌について
紀貫之の和歌は、自然の風景を巧みに捉えながら、
人の心情を繊細に重ねる表現が特徴的です。
『古今和歌集』に収められた
「霞たち このめも春の 雪ふれば 花なき里も 花ぞちりける」では、
春の霞が立つ中、雪が降ることで、本来なら花のない里にも、
まるで花が咲いたかのように雪が舞い散る様子を詠んでいます。

ここでは、雪を花に見立てることで、春の情景の美しさを引き立てると同時に、移り変わる季節の儚さを象徴的に表現しています。

このように、貫之の和歌は、自然の現象を繊細に描写しつつ、そこに情感を込めることで、時代を超えて共感を呼ぶ魅力を持っています。
百人一首における位置付け
紀貫之の和歌は、
『古今和歌集』の選者としての才能が反映された、
洗練された表現が特徴です。
この歌では、人の心の移ろいや不確かさを示しつつ、
変わらぬ自然の美しさを対比的に詠んでいます。
百人一首においては、貫之の和歌の技巧と、
平安時代の感性を象徴する一首として
重要な位置を占めています。
紀貫之がなぜこの和歌を詠んだのか?
百人一首第三十五番 紀貫之『人はいさ』を情景と背景から完全解説では、紀貫之がなぜこの和歌を詠んだのか?についてポイントを3つに分けてみました。
- 人の心の移ろいやすさ
- 変わらぬ自然との対比
- 和歌を通じた感慨
人の心の移ろいやすさ
紀貫之は、人の心の変わりやすさを
「人はいさ 心も知らず」と詠んでいます。
昔馴染みの人でも、その心の内は
分からないという不確かさを表し、
人間関係の儚さや疑念を巧みに表現しています。
変わらぬ自然との対比
「ふるさとは 花ぞ昔の 香に匂ひける」とあるように、
桜の花は昔と変わらぬ香りを放っています。
この対比によって、人の心は移ろいやすいが、
自然は変わらず存在するという普遍性を示しています。
和歌を通じた感慨
この和歌は、故郷に帰り、懐かしい風景を
目の当たりにした際の感慨を詠んだものと考えられます。
またかつての人々は変わってしまったかもしれないが、
花の香りだけは変わらないという、
時間の流れを感じさせる歌です。

紀貫之のこの和歌は、移り変わる人の心と、変わらぬ自然の対比を見事に表現しています。また人の気持ちは時とともに変化してしまうものの、ふるさとの桜の香りだけは変わらずそこにある。

このように、平安時代の人々が抱いた郷愁や、人間関係の儚さを繊細に詠み上げています。
現代でも、人と再会したときの感慨や、変わらぬ風景に安らぎを覚える感情は共通しており、また多くの人の心に響く歌となっています。
読み方と句意


百人一首 紀貫之
歌:人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香に匂ひける
読み:ひとはいさ こころもしらず ふるさとは はなぞむかしの かににほひける
句意:この和歌は、人の心は移ろいやすいが、故郷の桜の花の香りは変わらずに漂っていることを詠み、時間の流れと人の心の儚さを対比しています。
この和歌の楽しみ方
百人一首第三十五番 紀貫之『人はいさ』を情景と背景から完全解説では、この和歌の楽しみ方のポイントをこの3つに分けてみました。
- 人の心と自然の対比を味わう
- 桜の香りが持つ象徴的な意味を考える
- 紀貫之の感性と古今和歌集の風格を感じる
人の心と自然の対比を味わう
人の心は移ろいやすく、
変わりゆくものですが、
桜の花の香りは昔と変わらず漂っています。
またこの対比が和歌の主題となっており、
読むたびに新たな感慨を抱かせます。
変わらぬものと変わるもの、その対照を楽しみましょう。
桜の香りが持つ象徴的な意味を考える
視覚ではなく香りを通して
「昔と変わらぬ桜」を描いている点が特徴的です。
目に見える風景ではなく、匂いという形で記憶を呼び起こす表現に注目すると、より深い味わいが生まれます。
紀貫之の感性と古今和歌集の風格を感じる
紀貫之は『古今和歌集』の編者の一人であり、
その感性がこの歌にも表れています。
風雅を大切にし、移ろいゆく人の心を自然と重ねる繊細な表現を味わうことで、平安時代の和歌の魅力をより深く理解できます。
百人一首第三十五番『人はいさ』の情景と解説
上の句(5-7-5)
上の句「人はいさ 心も知らず ふるさとは」では、
人の心の移ろいやすさと、
変わらぬ故郷の風景が対比されています。
また「人はいさ」とは、
「さて、人の心はどうだろうか」
という問いかけの表現であり、
そして続く「心も知らず」が、
人の気持ちの不確かさを暗示しています。
五音句の情景と意味 「人はいさ」


「人はいさ」では、人の心の変化に対する疑問を投げかける表現です。また「さて、人の心はどうだろうか」と、不確かさや疑念を込めた響きが感じられます。
七音句の情景と意味 「心も知らず」


「心も知らず」では、人の心の変わりやすさを指します。また誰かの気持ちが以前と同じなのか、それとも変わってしまったのか、判断できないもどかしさが表現されています。
五音句の情景と意味 「ふるさとは」


「ふるさとは」では、変わらない故郷を指します。また人の心は変わるかもしれないが、故郷の桜の香りは昔と変わらず漂っているという対比が、この歌の美しさを際立たせています。
下の句(7-7)分析
下の句「花ぞ昔の 香に匂ひける」では、
人の心が移ろいやすいのに対し、
故郷の桜の香りは昔と変わらず
漂っていることが強調されています。
また「花ぞ昔の」は、桜の花だけが
変わらぬ存在であることを示し、
そして「香に匂ひける」は、その桜の香りが
今も変わらず漂っていることを表現しています。
七音句の情景と意味「花ぞ昔の」


「花ぞ昔の」では、昔と変わらぬ桜の存在を強調する表現です。また人の心は移り変わるが、桜の花だけは変わらず咲き続けるという対比が印象的です。
七音句の情景と意味「香に匂ひける」


「香に匂ひける」では、桜の香りが今も昔と変わらず漂っていることを示します。また視覚ではなく香りを通じて、変わらぬものの象徴として桜を捉えています。
和歌全体の情景


和歌全体では、変わりゆく人の心と、変わらぬ自然の対比を通じて、時間の流れを詠んでいます。故郷の桜の香りが昔と変わらず漂っていることを描写し、人の心の儚さと、自然の持つ普遍的な美しさが響き合い、懐かしさと切なさが交錯する一首となっています。
まとめ
この和歌は、移り変わる人の心と、
変わらぬ自然の対比を巧みに表現しています。
また人の心は確かめようがないほど
変わりやすいものですが、
ふるさとの桜の香りは昔と変わらず漂っています。
そして紀貫之の繊細な感受性が光る一首であり、
和歌の持つ情緒の豊かさを味わうことができます。

変わらないものの美しさに心を寄せ、過去と現在を結ぶ情景を楽しみながら読むことができる作品です。

百人一首第三十五番 紀貫之『人はいさ』を情景と背景から完全解説を百人一首の第一歩として、この和歌を味わうことで、和歌の魅力を発見してみてください。