百人一首第三十九番 参議等『浅茅生の』で、
和歌の世界を旅してみませんか?
第三十九番に選ばれた参議等の和歌、「浅茅生の」。
この歌は、抑えきれない恋の思いを
繊細な言葉で詠んだ一首です。
今回ご紹介するのは、第三十九番『浅茅生の』。この歌では、。「しのぶ(忍ぶ・偲ぶ)」の掛詞を用い、恋心を押し殺そうとしてもあふれ出てしまう心情が、美しい自然の情景とともに表現されています。

百人一首第三十九番 参議等『浅茅生の』を情景と背景から完全解説では、初心者の方にもわかりやすく、和歌の背景や楽しみ方を丁寧に解説していきます。

人を想う気持ちは、どんなに隠そうとしてもあふれてしまうもの――そんな切ない恋の感情を、参議等の背景や平安時代の恋愛観とともに、詳しく解説していきます。
和歌の魅力をより深く理解するために、和歌と短歌の違いを学べる記事もぜひご覧ください。和歌の形式や表現の違いを学ぶことで、百人一首の味わいがより一層広がります。
また、百人一首の流れを追って楽しむことで、和歌の歴史や背景がより深く感じられます。前の歌をまだご覧になっていない方は、ぜひ百人一首第三十八番 右近『忘らるる』の記事も併せてご覧ください。
参議等の生涯と百人一首の背景
生涯について


平安時代前期から中期にかけて
活躍した公卿・歌人で、本名を源等といいます。
また元慶4年(880年)に中納言・源希の次男として生まれ、
嵯峨天皇の曾孫にあたります。

歌人としては、『後撰和歌集』に4首が収録されています。
歴史的イベント
源等は、嵯峨天皇の曾孫であり、
平安時代中期の貴族として宮廷に仕えました。
天暦元年(947年)には参議に任ぜられ、
地方官としても近江権少掾・三河守・丹波守などを
歴任しました。

また、彼の時代には、藤原氏の勢力が拡大し、村上天皇のもとで「天暦の治」と呼ばれる政治改革が進められていました。

源等もこの時代の宮廷文化に影響を受け、和歌を詠んでおり、その作品は『後撰和歌集』にも収録されています。
他の歌について
参議等は、『後撰和歌集』に4首が収録された勅撰歌人です。
そのうちの一つ、
「東路の 佐野の舟橋 かけてのみ 思ひわたるを 知る人ぞなき」は、
遠く離れた場所への思いを詠んだ歌で、
国宝・本阿弥光悦作『舟橋蒔絵硯箱』の蓋の意匠にも
取り入れられています。

またこの歌も百人一首の和歌と同様に、届かぬ思いの切なさを表現しており、参議等の和歌が後世に影響を与えたことを示す重要な作品です。
百人一首における位置付け
参議等の和歌は、抑えきれない恋の思いを
詠んだ一首として百人一首に収められています。
また「しのぶ(忍ぶ・偲ぶ)」の掛詞を用い、
恋心を隠そうとしてもあふれ出てしまう切なさを
表現している点が特徴です。
そして平安時代の恋愛観や秘めた想いの葛藤を伝える、
象徴的な恋の和歌です。
参議等がなぜこの和歌を詠んだのか?
百人一首第三十九番 参議等『浅茅生の』を情景と背景から完全解説では、参議等がなぜこの和歌を詠んだのか?についてポイントを3つに分けてみました。
- 秘めた恋心が抑えられなかったため
- 自然の情景に恋心を重ねる表現
- 平安時代の恋愛観を反映
秘めた恋心が抑えられなかったため
この和歌では、「しのぶ(忍ぶ・偲ぶ)」の掛詞を用い、
恋心を隠そうとしながらも、
あふれ出る想いを抑えきれない様子を表現しています。
平安時代の恋愛では、特に身分の違いがある場合、
恋を隠すことが求められました。
しかし、この和歌では、その気持ちが
限界に達してしまった切なさがにじみ出ています。
自然の情景に恋心を重ねる表現
「浅茅生の小野の篠原」という自然の情景は、
荒れた草地と細い竹が生い茂る風景を表しています。
この表現には、人目を忍んで恋心を秘める様子と、
それでも抑えきれずあふれてしまう想いが
重ねられています。
平安時代の和歌では、こうした比喩的な
自然描写が重要な役割を果たしていました。
平安時代の恋愛観を反映
この和歌は、平安貴族の「忍ぶ恋」
の典型ともいえる一首です。
貴族社会では、恋を公にすることが難しく、
秘めた想いを歌に込めて伝える文化がありました。
しかし、ここでは「抑えきれなくなった」
恋心が描かれており、当時の恋愛のもどかしさや
切なさを感じさせます。

参議等の和歌は、平安時代の恋愛のもどかしさと抑えきれない感情を詠んだものです。

自然の情景と恋心を重ねることで、恋の秘められた苦しみを強調しながらも、その想いが限界を迎えた瞬間を描いています。
この歌には、そうした時代背景が色濃く反映されており、平安貴族の恋愛観を知るうえでも重要な一首といえます。
読み方と句意


百人一首 源等|参議等
歌:浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき
読み:あさぢふの をののしのはら しのぶれど あまりてなどか ひとのこひしき
句意:恋心を忍んできたが、ついに抑えきれなくなった。どうしてこんなにも人を恋しく思ってしまうのだろうかと詠んでいます。
百人一首 参議等『浅茅生の』の楽しみ方
百人一首第三十九番 参議等『浅茅生の』を情景と背景から完全解説では、この和歌の楽しみ方のポイントをこの3つに分けてみました。
- 「しのぶ」の掛詞を味わう
- 自然の情景と恋心の重なりを感じる
- 抑えきれない恋心の切なさに共感する
「しのぶ」の掛詞を味わう
この和歌の鍵となるのは、
「しのぶ(忍ぶ・偲ぶ)」の掛詞です。
「忍ぶ」は恋心を隠すこと、「偲ぶ」は
懐かしみ想うことを意味します。
恋を秘めようとする気持ちと、それでも募る想いの葛藤が、この一語に込められています。
自然の情景と恋心の重なりを感じる
「浅茅生の小野の篠原」は、
荒れた草地に生える篠竹を指します。
この情景では、人目を避けながらも、
心の内では抑えきれず広がる恋心を象徴しています。
平安時代の和歌は、こうした自然の情景と感情を重ね合わせる技巧が魅力です。
抑えきれない恋心の切なさに共感する
平安時代の恋愛では、
簡単に想いを打ち明けることができず、
恋の苦しみは和歌に託されるものでした。
またこの歌は、そんな恋の抑えがたい衝動を
繊細に表現しています。
今の時代でも、秘めた想いがあふれる瞬間に共感できる一首です。
百人一首 参議等『浅茅生の』の情景と解説
上の句(5-7-5)
上の句「浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど」では、
荒れた草地に生い茂る篠竹のように、
心の内に秘めた恋心を忍び続けていました。
しかし、風が草を揺らすように、
抑えていた想いがあふれ出しそうになります。
どれほど隠そうとしても、恋心は消えることなく募るばかり。
そんな切ない情景が広がります。
五音句の情景と意味 「浅茅生の」


「浅茅生の」では、浅茅(あさぢ)は背の低い草で、人が容易に踏み入れることができます。また隠そうとする恋心が、かえって広がってしまう様子が表れています。
七音句の情景と意味 「小野の篠原」


「小野の篠原」では、篠竹が生い茂る荒野は、風にそよぎながら揺れ続けます。また人目を避ける恋心を象徴しながらも、隠しきれない感情の揺らぎを表現しています。
五音句の情景と意味 「しのぶれど」


「しのぶれど」では、「しのぶ(忍ぶ・偲ぶ)」の掛詞を用い、恋心を隠そうとする気持ちと、募る想いを懐かしむ心の両方を表現しています。
下の句(7-7)分析
下の句「あまりてなどか 人の恋しき」では、
どれほど恋心を抑えようとしても、
想いは募るばかりです。
ついに忍ぶことができなくなり、
なぜこんなにも人が恋しいのかと、
自分自身に問いかけています。
七音句の情景と意味「あまりてなどか」


「あまりてなどか」では、抑えようとしても、恋心が限界を超えてしまった瞬間です。また「なぜこんなにも想いがあふれてしまうのか」と、自分自身の心に問いかけています。
七音句の情景と意味「人の恋しき」


「人の恋しき」では、想いを忍んできたはずなのに、どうしてこんなにも相手を恋しく思ってしまうのか。そして恋の苦しさと切なさが、この一言に込められています。
百人一首 参議等『浅茅生の』和歌全体の情景


和歌全体では、荒れた草地に生い茂る篠竹のように、恋心を必死に忍んできました。しかし、どれほど抑えようとしても、想いはあふれてしまいます。秘めた恋の切なさと、抑えきれない感情のあふれ出る瞬間が、美しい自然の情景とともに描かれた一首です。
百人一首 参議等『浅茅生の』まとめ
参議等の和歌は、
秘めた恋心が抑えきれずあふれ出す切なさを
詠んだ一首です。
また篠竹が風に揺れる情景に、
自らの揺れ動く恋心を重ね合わせています。
そして平安時代の貴族にとって、
恋を忍ぶことは美徳とされていましたが、
それでも募る想いを抑えられない心の葛藤が、
この歌には表現されています。

「なぜこんなにも人を恋しく思うのか」という率直な問いかけに、千年の時を超えて共感できる和歌です。

百人一首第三十九番 参議等『浅茅生の』を情景と背景から完全解説を百人一首の第一歩として、この和歌を味わうことで、和歌の魅力を発見してみてください。
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