百人一首第59番 赤染衛門『やすらはで』背景解説で、
和歌の世界を旅してみませんか?
第59番は、赤染衛門の「やすらはで」。
眠らぬまま 更けゆく夜──
月の傾きに重なる、ひとりの想い。
名残惜しさとためらいが交差する心情が、
静かな月の光に照らされるように
しっとりと詠みこまれた一首です。
和歌の魅力をより深く理解するために、和歌と短歌の違いを学べる記事もぜひご覧ください。和歌の形式や表現の違いを学ぶことで、百人一首の味わいがより一層広がります。
また、百人一首の流れを追って楽しむことで、和歌の歴史や背景がより深く感じられます。そして前の歌をまだご覧になっていない方は、ぜひ百人一首第58番 大弐三位『有馬山』記事も併せてご覧ください。
赤染衛門の生涯と百人一首の背景
生涯について


赤染衛門 Wikipedia(956年頃 – 1041年頃)は、
平安時代中期の女流歌人であり、
父は赤染時用(大隅守)とされています。
また母が平兼盛の妻であったことから、
兼盛の娘ともいわれています。

そして夫は学者で文章博士の大江匡衡で、二人の間には子女があり、長男・大江挙周は学者・漢詩人として活躍し、長女・江侍従は歌人として知られています。
父・平兼盛の情熱も受け継いで
赤染衛門の父は、百人一首第40番で知られる歌人・平兼盛。恋の情熱を静かに抱くその歌風は、娘にも受け継がれているのかもしれません。
▶︎ 百人一首第40番 平兼盛『しのぶれど』背景解説–あふれる想い をあわせてご覧ください。
歴史的イベント
赤染衛門は藤原道長の全盛期に活躍し、
その正妻・源倫子や中宮彰子に仕えました。
またちょうどこの時代、
『源氏物語』が宮廷に広まり、
紫式部や和泉式部と並ぶ才女として名を連ねました。

宮廷文化がもっとも華やいだ時代に、その歌は静かな余韻をもって人々の心に残りました。
他の歌について
赤染衛門は『続古今和歌集』に、
「有明の月は袂になかれつつ悲しきころの虫の声かな」
という歌を残しています。
赤染衛門のこの歌では、
涙でぬれた袂に有明の月が映り込み、
虫の声がその悲しみを
さらに際立たせています。

また夜明け近くの静寂に満ちた情景の中で、心の奥底にある孤独や感傷が、自然の音と光に寄り添うように描かれています。

百人一首の和歌と同様に、時間の移ろいと心の揺れが美しく重ねられた一首です。
百人一首における位置付け
赤染衛門の歌は、
夜更けまで眠れぬ恋心の余韻を詠んだもので、
女性歌人ならではの繊細な感情表現が光ります。
百人一首では、
恋の苦しさと美しさを静かに描く一首として、
和歌の情緒性と時間の詩的表現の見本
ともいえる作品として位置付けられています。
赤染衛門がなぜこの和歌を詠んだのか?
百人一首第59番 赤染衛門『やすらはで』背景解説–さよの月影では、赤染衛門がなぜこの和歌を詠んだのか?についてポイントを3つに分けてみました。
- 恋のためらいと後悔
- 月の傾き=時間の経過
- 恋の未練と情熱の余韻
恋のためらいと後悔
心の奥では逢いたいと思いながらも、
素直になれずに帰してしまった。
恋心の不器用さと、後から訪れる後悔を
静かに描いています。
月の傾き=時間の経過
月が傾くまで眠れずにいることで、
思いが募る夜の長さを表現。
自然の動きに自身の心情を重ね、
時間と恋の重さを詩に託しています。
恋の未練と情熱の余韻
「見送らなければよかった」と思いながら、
夜更けに月を見上げる姿には、
消えきらぬ未練と情熱がにじみます。
恋の余韻が一首に凝縮されています。

この和歌では、恋人を引き止められなかった夜の後悔と、その余韻が消えぬまま過ぎていく時間を、月の傾きとともに詠んだ作品です。
直接的な言葉は使わず、月と時間、眠れぬ夜というモチーフで恋の感情を詩的に映し出す手法は、まさに赤染衛門の繊細な感性の表れです。
読み方と句意


百人一首第 赤染衛門
歌:やすらはで 寝なましものを さ夜更けて 傾くまでの 月を見しかな
読み:やすらはで ねなましものを さよふけて かたぶくまでの つきをみしかな
句意:夜更けまで眠れず、傾いていく月を見ながら、あの人を引き止めなかったことを悔やんでいる心情を詠んだ和歌です。
百人一首第59番 赤染衛門『やすらはで』の楽しみ方
百人一首第59番 赤染衛門『やすらはで』背景解説–さよの月影では、この和歌の楽しみ方のポイントをこの3つに分けてみました。
- 月の動きと心情の共鳴
- 一言の後悔が生む余韻
- 女性歌人ならではの繊細な視点
月の動きと心情の共鳴
月が傾くという描写は、
ただの自然の動きではなく、
心の移ろいを映す鏡のようです。
静かに過ぎてゆく時間と後悔が重なり、読み手にも“取り返せない瞬間”の切なさが響いてきます。
一言の後悔が生む余韻
「やすらはで(引き止めず)」という一言が、
和歌全体の情緒を決定づけます。
たった一つの選択が心に深く残り、読むたびに「あの時こうしていれば…」という感情が呼び起こされます。
女性歌人ならではの繊細な視点
赤染衛門の和歌は、
女性ならではの細やかな感情と
抑えた語り口が魅力です。
直接的な嘆きではなく、静かな観月の描写に込められた“心のざわめき”に耳を澄ますことで、和歌の余韻をより深く感じ取れます。
百人一首第59番 赤染衛門『やすらはで』背景解説
上の句(5-7-5)
上の句「やすらはで 寝なましものを さ夜更けて」では、
迷いながらも声をかけられなかった夜の心情が
描かれています。
また「やすらはで」にこめられた躊躇と、
「寝なましものを」に漂う後悔。
そして気づけば夜は更け、
ただ月の光だけが部屋を照らしているのです。
五音句の情景と意味「やすらはで」


「やすらはで」では、引き止めようかと悩みながらも、結局なにも言えずに別れてしまった心の動き。そしてその一瞬の選択が、深い余韻として残ります。
七音句の情景と意味「寝なましものを」


「寝なましものを」では、もしそのまま眠っていれば、こんなに思い悩むこともなかったのに──そんな悔いとともに、静かに時が過ぎていく描写です。
五音句の情景と意味「さ夜更けて」


「さ夜更けて」では、気づけば夜は深まり、空には傾きかけた月。また自分の選択を振り返るにはあまりに静かすぎる時間が流れています。
下の句(7-7)分析
下の句「傾くまでの 月を見しかな」では、
夜が明ける直前まで物思いにふける姿が描かれます。
また後悔と想いが交錯し、
ただ月の光だけが静かに寄り添う。
そして去っていった相手への未練と、
自身の弱さがにじみ出ています。
七音句の情景と意味「傾くまでの」


「傾くまでの」では、夜の終わりを告げる傾いた月の姿に、時の流れと後悔が重なる。また迷いながらも何もできなかった自分を見つめ直す時間です。
七音句の情景と意味「月を見しかな」


「月を見しかな」では、眠れぬまま、ただひとり月を見つめる。そしてその光の中に、言えなかった言葉や、交わせなかった想いが浮かんでは消えていきます。
百人一首第59番 赤染衛門『やすらはで』和歌全体の情景


和歌全体では、夜が更けていくなか、思い悩みながらも眠れずに過ごすひととき。心を決めて寝ていればよかったのにと後悔の念が胸を刺す。ふと見上げれば、傾きかけた月が静かに照らしている。恋の未練と夜の静寂が交差する、切ない情景です。
百人一首第59番 赤染衛門『やすらはで』まとめ
赤染衛門のこの和歌は、
眠れぬ夜の後悔と恋心を、
月の傾きとともにそっと映し出します。

一夜の逡巡と未練が、静かな夜ににじむ情景として結晶化されており、恋に揺れる心の機微が繊細に詠み込まれています。

百人一首第59番 赤染衛門『やすらはで』背景解説–さよの月影を百人一首の第一歩として、この和歌を味わうことで、和歌の魅力を発見してみてください。
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