百人一首第68番 三条天皇『心にも』で、
和歌の世界を旅してみませんか?
生きることすらつらい夜に、
それでもなお目に映るものがある――。

今回は、病に苦しみながらも深い感情をたたえた一首を詠んだ、三条天皇の和歌をご紹介します。

月の光に映し出された、望まずに長らえる者の静かな哀しみに、そっと寄り添ってみましょう。
和歌の魅力をより深く理解するために、和歌と短歌の違いを学べる記事もぜひご覧ください。また和歌の形式や表現の違いを学ぶことで、百人一首の味わいがより一層広がります。
百人一首の流れを追って楽しむことで、和歌の歴史や背景がより深く感じられます。そして前の歌をまだご覧になっていない方は、ぜひ百人一首第67番 周防内侍『春の夜の』記事も併せてご覧ください。
三条天皇の生涯と百人一首の背景
生涯について


第67代天皇で、在位は1011年から1016年。
即位当初から眼病を患い、
視力の衰えとともに政治的実権も
藤原道長に握られていきました。

また病と失意のなかで譲位を余儀なくされ、わずか翌年に崩御。

そして深い内省と感情の陰影に満ちた和歌を残し、百人一首には望まぬ延命の夜に浮かぶ月への心情を詠んだ一首が選ばれています。
歴史的イベント
三条天皇は即位直後から眼病に苦しみ、
政治の実権は外戚・藤原道長に握られていました。
また道長は自身の娘を中宮に立て、
天皇の譲位を強く働きかけます。
やがて失明と重なるように、
政権からも退くことを余儀なくされました。

このように病と政治的孤立の二重苦にあった三条天皇は、望まぬ長命の中で静かに心を傾ける詩的表現を多く残しました。

その背景が、「恋しかるべき夜半の月」という哀しみににじみます。
他の歌について
三条天皇は『新古今和歌集』に、
「月かげの山の端分けて隠れなばそむくうき世を我やながめむ」
という歌を残しています。
この歌では、「月が山の端に隠れるように、
自分もこの憂き世から身を引きたい」という
隠遁願望と静かな絶望が詠まれています。

三条天皇は、病と政治的孤立のなかで、月を鏡のように心を映す存在として多くの和歌に詠み込みました。

『新古今和歌集』の中でも、このような月と心情の交差を描いた歌が多く見られ、深い内面と無常感に満ちた歌風が印象的です。
百人一首第68番 三条天皇『心にも』の百人一首における位置付け
病と失意の中で詠まれた一首で、
生を望まぬ者の心情を月に重ねた静かな嘆きが
にじみます。
百人一首では、天皇としての威厳よりも
一人の人間としての哀しみを
映した異色の作品として位置付けられています。
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三条天皇がなぜこの和歌を詠んだのか?
百人一首第68番 三条天皇『心にも』背景解説–望まずの月では、三条天皇がなぜこの和歌を詠んだのか?についてポイントを3つに分けてみました。
- 望まぬ延命の苦しみ
- 月に託した孤独
- 無常観と哀しみの美学
望まぬ延命の苦しみ
心から願ったわけでもないのに、
憂いの夜をただ生きながらえる日々。
その哀しみが、静かににじみ出ています。
月に託した孤独
誰にも語れぬ想いを、夜半の月に重ねる。
月だけが自分の心を知っているという
感覚が伝わります。
無常観と哀しみの美学
望まぬ生と、それでも美しく輝く月。
そこに、人生のはかなさと
情緒の深みが映し出されます。

三条天皇は、病により視力を失い、政治の実権も奪われていきました。

またその中で詠まれたこの一首には、生きながらえることすら望まないほどの哀しみが込められています。それでも、ふと見上げた月に心が動く。
その一瞬の感情のゆらぎに、人間らしさと詩的な余韻が宿っています。
読み方と句意


百人一首第 三条天皇|三条院 ※百人一首では三条院
歌:心にも あらで憂き夜に 長らへば 恋しかるべき 夜半の月かな
読み:こころにも あらでうきよに ながらへば こひしかるべき よはのつきかな
句意:この和歌では、望まずに生きながらえるつらい夜にも、ふと見上げた月が恋しく思えてしまう心のゆらぎが詠まれています。
「望まずの月」――いまの私たちなら、どう感じるのだろう?
望んだわけではないのに続いていく日々。ふと立ち止まった夜に、月を見上げてしまうことがある。そんなとき感じる静かな想いを、三条天皇の一首が今もやさしく照らしてくれます。
- 続けるしかないときがある
- 誰にも言えない弱さがある
- 美しさに泣きたくなる夜
続けるしかないときがある
やりたいわけじゃないけれど、
やめられない。止まれない。
そんな日々のなかで、
ふと我に返る瞬間があります。
「望まずの月」では、
意志とは無関係に続いてしまう日常に、
わたしたちの静かな疲れや矛盾を
映し出してくれます。
心がついていかなくても、毎日は流れていく。生きる理由を見失っても、足だけは前に進む。
誰にも言えない弱さがある
「もうだめ」と言えないまま抱え込む気持ち。
誰にも話せず、ひとりで背負っている重さ。
またそんなとき、月の光は
何も言わずに受け止めてくれる存在です。
この和歌では、その“見守られる感覚”をとても静かに、
やさしく描いているのかもしれません。
言葉にできない哀しみや倦怠感を、ただ空に浮かぶ月にそっと預けるように。
美しさに泣きたくなる夜
つらいときほど、
何気ない風景が胸に迫ってきます。
また夜半の月の静けさや澄んだ光に、
言葉にならない感情がそっとほどけていく
ことがあります。
そして三条天皇のこの一首も、
苦しみの中で月の美しさに心が動く――
そんな繊細な「生きている実感」が込められています。
疲れているのに、なぜか月が綺麗すぎて涙が出そうになる。そんな夜が、生きる証になることもある。
百人一首第68番 三条天皇『心にも』の楽しみ方
百人一首第68番 三条天皇『心にも』背景解説–望まずの月では、この和歌の楽しみ方のポイントをこの3つに分けてみました。
- 言葉の余白に耳をすます
- 月を読む、心を映す
- 歴史的背景をふまえて読む
言葉の余白に耳をすます
この和歌は、直接的な嘆きや怒りではなく、
あいまいさや余韻の中に心情が込められています。
断ち切ることも、叫ぶこともせず、
ただ静かににじむ感情――
それが読む人の心にやさしく染み渡るのです。
言葉にしきれないものを想像する楽しみがあります。
「心にもあらで」「恋しかるべき」など、断定を避けた表現にこそ、深い感情がにじみます。
月を読む、心を映す
三条天皇は、夜半の月に憂いを映しました。
月は見る者の心をそのまま返す鏡のような存在。
またこの和歌を通して、
「月を見る自分の感情」にも耳を傾けてみると、
読み手それぞれの共鳴が生まれるはずです。
月は古来より感情を映す象徴。ここでは、“自ら望まぬ生”をそっと照らす存在として登場します。
歴史的背景をふまえて読む
三条天皇は病と政治的圧力により、
自らの意志とは関係なく譲位に追い込まれました。
この一首では、
そうした時代の中で翻弄された個人の感情が
にじむ作品です。
また背景を知って読むことで、
「夜半の月」に込められた視線が、
よりいっそう切なく、
美しく感じられるでしょう。
病と失明、そして政権からの退位。三条天皇の苦悩を知ることで、歌の奥行きが深まります。
百人一首第68番 三条天皇『心にも』背景解説
上の句(5-7-5)
上の句「心にも あらで憂き夜に 長らへば」では、
自ら望んでいるわけではないのに、
つらい夜をただ生き延びてしまっている――
そんな心と現実の乖離と、
苦しさの継続がにじみます。
また静かな口調の中に、
深い諦念と哀しみが漂っています。
五音句の情景と意味「心にも」


「心にも」では、心の底からそう思っているわけではない――意志とは裏腹な現実が、静かな語り口で始まります。
七音句の情景と意味「あらで憂き夜に」


「あらで憂き夜に」では、望まずとも続く、つらく重たい夜。苦しみが心にまとわりつくような情景がにじみます。
五音句の情景と意味「長らへば」


「長らへば」では、終わることなく生き延びてしまう哀しさ。ただ続くということの重さが淡々と語られています。
下の句(7-7)分析
下の句「恋しかるべき 夜半の月かな」では、
つらい夜を生き延びたからこそ出会えた、
心に染み入る月の美しさを詠んでいます。
苦しみの中でふと感じる感情のゆらぎが、
夜空に浮かぶ月を通して
やさしく描かれています。
七音句の情景と意味「恋しかるべき」


「恋しかるべき」では、苦しみの中で、なぜか心に残ってしまう光景。不意に芽生えた感情のぬくもりがにじみます。
七音句の情景と意味「夜半の月かな」


「夜半の月かな」では、深い夜空にひっそり浮かぶ月。静寂の中にたたずむ、美しくも哀しい存在です。
百人一首第68番 三条天皇『心にも』和歌全体の情景


心にもないまま生き延びてしまった、つらく重たい夜。そんな時、ふと見上げた夜半の月が、思いがけず心を揺らす――。望まぬ延命の中に差し込む月の光が、哀しみとともに、忘れかけていた感情をそっと呼び覚ましていくような情景です。
百人一首第68番 三条天皇『心にも』まとめ
この和歌は、
病と孤独に苦しみながらも、
夜半の月にふと心を動かされた瞬間を
静かに描いています。
望まぬまま生き延びる日々の中で、
思いがけず「恋しさ」を覚える――
その感情の揺らぎに、
三条天皇の人間らしさがにじみます。

ただ耐えるだけの夜に、月の光がそっと差し込むような余韻が美しく、読むたびに心の奥がやさしく照らされるような一首です。

百人一首第68番 三条天皇『心にも』背景解説–望まずの月を百人一首の第一歩として、この和歌を味わうことで、和歌の魅力を発見してみてください。
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