🌸今週も、月は俳句・火は偉人・水は俳句・木は百人一首・金は短歌をお届けします🌿

百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景

百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにしたイメージの画像 百人一首

百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』で、

和歌の世界を旅してみませんか?

大海原に舟を漕ぎ出し、

遥か彼方を見渡すと、

沖に立つ白波がまるで空に

漂う雲のように見える――。

紫式部
紫式部

藤原忠通ふじわら の ただみちの一首は、自然の雄大さと人の感覚が交わる不思議な瞬間を鮮やかに切り取っています。

小野小町
小野小町

海と空が溶け合う風景を通じて、和歌の豊かな想像力に触れてみましょう。

和歌の魅力をより深く理解するために、和歌と短歌の違いを学べる記事もぜひご覧ください。また和歌の形式や表現の違いを学ぶことで、百人一首の味わいがより一層広がります。

百人一首の流れを追って楽しむことで、和歌の歴史や背景がより深く感じられます。そして前の歌をまだご覧になっていない方は、ぜひ百人一首第75番 藤原基俊ふじわら の もととし『契りおきし』記事も併せてご覧ください。

生涯について

百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「藤原忠通」の肖像画
写真:パブリックドメイン(提供元:Wikipedia)
百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにした和歌の画像

藤原忠通ふじわら の ただみち Wikipedia(1097年~1164年)は、

平安時代後期の公卿で、

関白・太政大臣を歴任した

藤原氏北家の有力者です。

また藤原忠実の子として生まれ、

摂関家の嫡流を継ぎ、鳥羽・崇徳・

近衛・後白河天皇の四代に仕えました。

紫式部
紫式部

和歌にも関心を持ち、勅撰和歌集に作品が入集しました。

小野小町
小野小町

百人一首に選ばれた「わたの原」では、雄大な海の光景を詠んだ叙景歌として、忠通の教養と感性を伝える一首です。

歴史的イベント

藤原忠通ふじわら の ただみちは、

摂関家の嫡流として関白・太政大臣を務め、

平安後期の政治の中心に立ちました。

また鳥羽院政下では勢力を誇りましたが、

弟の頼長と対立し、

やがて保元の乱(1156年)では

後白河天皇方につき勝利します。

紫式部
紫式部

これにより摂関家の地位を保ちましたが、摂関政治そのものは衰退の途をたどります。

他の歌について

藤原忠通ふじわら の ただみちは『新古今和歌集』に、

さざなみや志賀の唐崎風さえて比良の高嶺に霰ふるなり

という歌を残しています。

この歌は、志賀の唐崎に冷たい風が吹きすさび、

比良山の高嶺には霰が降る冬景色を詠んでいます。

湖畔と山岳の対比が鮮やかで、

厳しい自然の姿を端的に表した叙景歌といえます。

紫式部
紫式部

藤原忠通ふじわら の ただみちは、政治家として激動の時代を生きる一方で、このように自然の一瞬の変化を鋭くとらえる感性を持っていました。

小野小町
小野小町

百人一首に採られた「わたの原」が雄大な海の広がりを描いたのに対し、この一首は冬の厳しさと清澄な空気感を伝える作品として、忠通の多面的な歌風を示しています。

この和歌では、

雄大な大海原に漕ぎ出し、

沖の白波を雲と見紛う

壮大な光景を描いています。

また百人一首においては、

自然の広がりを視覚的にとらえた叙景歌

として位置付けられ、

政治家・藤原忠通の文化人としての

感性を伝える一首です。

▶和歌をもっと深く楽しみたい方へ
百人一首の世界をめぐる」では、恋・四季・人物などの分類やテーマ別検索で、お気に入りの一首に出会えます。
気になる歌や歌人を探して、あなただけの和歌の旅を始めてみませんか?

👉百人一首の世界をめぐる|分類・検索で出会う100の和歌たち

藤原忠通がなぜこの和歌を詠んだのか?

百人一首第76番 藤原忠通ふじわら の ただみち『わたの原』背景解説–わたの原の景では、藤原忠通がなぜこの和歌を詠んだのか?についてポイントを3つに分けてみました。

3つのポイント
  • 雄大な自然を讃えるため
  • 人の視覚の不思議を表すため
  • 心境を自然に託すため

雄大な自然を讃えるため

大海原に漕ぎ出す壮大な光景を描き、

自然の力強さと広がりを

そのまま歌に託すことで感動を共有しています。

人の視覚の不思議を表すため

沖の白波が雲と見紛う様子を取り上げ、

人の感覚が生み出す幻想的な瞬間

和歌にとどめました。

心境を自然に託すため

広大な海と空を描くことで、

人の心の開放感や雄大な世界への憧れ

重ね合わせています。

紫式部
紫式部

藤原忠通ふじわら の ただみちは政治の激動期を生きた人物ですが、この和歌では世俗のしがらみを離れ、雄大な自然に心を寄せています。

小野小町
小野小町

また沖の白波と雲の取り合わせは、視覚的な迫力だけでなく、自然を通じて感じる自由や心の広がりを象徴しています。

壮大な情景描写を通じて、自然と人の感覚が融合する和歌の魅力を示した一首といえます。

読み方と句意

百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにした和歌とイメージの画像
百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにした和歌の画像

百人一首第76番 藤原忠通ふじわら の ただみち ※百人一首では法性寺入道前関白太政大臣

歌:わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波

読み:わたのはら こぎいでてみれば ひさかたの くもゐにまがふ おきつしらなみ

句意:この和歌では、大海原に漕ぎ出して眺めると、沖の白波がまるで雲のように見え、自然の雄大さに心を奪われる情景が詠まれています。

「わたの原の景」――いまの私たちなら、どう感じるのだろう?

広がる海の景色では、日常の中で忘れがちな感覚を呼び起こします。また自由への憧れ、自然の雄大さ、心を映す風景――。藤原忠通ふじわら の ただみちの歌は、今を生きる私たちにも多くの示唆を与えてくれます。

3つのポイント
  • 自由への憧れ
  • 自然の雄大さ
  • 心を映す風景

自由への憧れ

大海原を漕ぎ出す場面では、

未知の世界へと踏み出す勇気や、

自由を求める人間の普遍的な心

表れています。

また現代に生きる私たちも、

日常の制約から離れたいと願うとき、

この和歌の情景に共感できるのです。

果てしなく広がる海の景色は、束縛から解放されたい心を象徴します。

自然の雄大さ

沖の白波が雲と見紛う様子は、

自然の雄大さと人の感覚の不思議を

伝えています。

また圧倒的なスケールの前に、

人の存在は小さいと気づかされ、

そして自然への畏敬や謙虚な心

学ぶことができます。

海と空が溶け合う景色は、自然の大きさと力を強く感じさせます。

心を映す風景

広大なわたの原の景では、

解放感や憧れだけでなく、

孤独や不安を映すこともあります。

また藤原忠通の歌が今なお響くのは、

自然と人の心が共鳴する普遍的な仕組み

持っているからです。

自然の景色は、そのまま人の心境を表す鏡のように働きます。

百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』の楽しみ方

百人一首第76番 藤原忠通ふじわら の ただみち『わたの原』背景解説–わたの原の景では、この和歌の楽しみ方のポイントをこの3つに分けてみました。

3つのポイント
  • 雄大な景色を想像する
  • 視覚表現の巧みさを味わう
  • 心情との重なりを探る

雄大な景色を想像する

「沖つ白波が雲と見紛う」という表現は、

自然の壮大さと人の感覚の不思議を

同時に伝えています。

また実際に海に漕ぎ出したように

想像することで、

和歌の世界に没入し、

雄大な自然を体験する感覚を得られます。

海と空がひとつに溶け合う光景を、心の中で鮮やかに描く楽しみがあります。

視覚表現の巧みさを味わう

藤原忠通ふじわら の ただみちは、

海と空という異なる要素を

「見紛う」という一点で結びつけました。

またその感覚の鋭さと巧みな言葉選びが、

和歌の美を高めています。

そして風景を視覚的にとらえる力

味わうのも大きな楽しみです。

白波と雲を重ねる視覚的な表現に、和歌ならではの工夫を感じられます。

心情との重なりを探る

大海原に漕ぎ出す場面は、

自由や解放感を象徴すると同時に、

不安や孤独を表すこともできます。

また読み手が自分の心情を投影することで、

和歌が個人的な共鳴を生む鏡となり、

より深い味わいが広がります。

自然描写に作者自身の心情を読み取り、自分の感覚と重ね合わせる楽しみがあります。

百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説

上の句「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの」では、

大海原へ舟を漕ぎ出し、

はるかに広がる景色を目にする場面です。

人の営みを離れ、無限に広がる海と

空の世界に包まれる壮大さと解放感

鮮やかに描かれています。

五音句の情景と意味「わたの原」

百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにしたイメージの画像
百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにした和歌の画像

「わたの原」では、果てしなく広がる大海原を前に、人の小ささと自然の雄大さが際立つ情景です。

七音句の情景と意味「漕ぎ出でて見れば」

百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにしたイメージの画像
百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにした和歌の画像

「漕ぎ出でて見れば」では、舟を漕ぎ進め、視界が一気に開け、新しい景色が広がる瞬間を描いています。

五音句の情景と意味「ひさかたの」

百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにしたイメージの画像
百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにした和歌の画像

「ひさかたの」では、「ひさかた」は空を表す枕詞。遥かに広がる蒼穹の広大さを示しています。

下の句(7-7)分析

下の句「雲居にまがふ 沖つ白波」では、

沖に立つ白波が遠くの空の雲と

見紛う様子を描いています。

また海と空がひとつに溶け合い、

視覚の不思議と自然の雄大さを

同時に伝える幻想的な景色

広がっています。

七音句の情景と意味「雲居にまがふ」

百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにしたイメージの画像
百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにした和歌の画像

「雲居にまがふ」では、遠くに見える白波が、空の彼方に漂う雲と見紛う幻想的な光景を表しています。

七音句の情景と意味「沖つ白波」

百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにしたイメージの画像
百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにした和歌の画像

「沖つ白波」では、大海原の沖に立ち上がる白波が、自然の力強さと広がりを象徴する眩い情景を描いています。

百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』和歌全体の情景

百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにした和歌とイメージの画像
百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』背景解説–わたの原の景「わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波」の情景をテーマにした和歌の画像

大海原に舟を漕ぎ出すと、遥か沖に立つ白波が空の雲と見紛うほどに雄大な景色が広がる。また海と空が溶け合い、視覚の不思議と自然の壮大さが一体となった光景が描かれ、読み手に爽快さと畏敬の念を呼び起こします。

百人一首第76番 藤原忠通『わたの原』まとめ

この和歌では、

大海原に舟を漕ぎ出したときに

広がる壮大な景色を描いています。

また沖に立つ白波が空の雲と見紛う光景は、

自然の雄大さと人の感覚の不思議を

鮮やかに伝えています。

紫式部
紫式部

藤原忠通ふじわら の ただみちは、政治的に激動の時代を生きた人物ですが、この一首には世俗を離れた心の解放感が漂います。

小野小町
小野小町

百人一首第76番 藤原忠通ふじわら の ただみち『わたの原』背景解説–わたの原の景を百人一首の第一歩として、この和歌を味わうことで、和歌の魅力を発見してみてください。

前の歌へもどる

百人一首 全100首一覧へ

次の歌へ(作業中)

タイトルとURLをコピーしました