百人一首第84番 藤原清輔『長らへば』で、
和歌の世界を旅してみませんか?
時が過ぎるほど、
かつてはつらいと思った日々が
ふと胸に温かくよみがえることがあります。

藤原清輔の「長らへば」は、過去の痛みがやさしく変わる瞬間を静かな言葉でとらえた一首。

思い出の不思議なぬくもりを、そっと感じてみませんか。
▶前回の記事はこちらから!
前回は、世の中の無常を見つめ、道なき嘆きを詠んだ藤原俊成の一首をたどりました。その深い思索のあとに続くのは、時を越えて恋と記憶を見つめた藤原清輔の歌です。
藤原清輔の生涯と百人一首の背景
生涯について


平安時代末期の公卿・歌人で、
六条藤家三代目にあたります。
また父は歌人の藤原顕輔。
官位は正四位下・太皇太后宮大進に至りました。

歌学者としても知られ、『袋草紙』『奥義抄』など歌学書の著作も残しています。
▶清輔の和歌の背景には、父・藤原顕輔から受け継いだ歌の精神があります。もしよければ、第79番「秋風に」もあわせて読んでみませんか?
月のさやけさを映した一首が、親子二代の美意識をより深く感じさせてくれます。
歴史的イベント
歌壇では守旧的な六条藤家と
革新的な御子左家が対立しており、
清輔もその中で歌学を大成しました。
また晩年の1177年(安元3年)に74歳で没し、
ちょうどこの頃には
武士政権の台頭が始まるなど、
平安貴族社会の変容が
顕著になっていた時代背景があります。
他の歌について
藤原清輔は『新古今和歌集』に、
「うす霧の籬の花の朝じめり秋は夕べと誰か言ひけむ」
という歌を残しています。
この歌は、朝の薄霧と湿り気のある花を描き、
また「秋は夕暮れ」とする古来の美意識に
静かに疑問を投げかけています。

そして自然の細やかな変化に寄り添い、朝の情趣にも秋の深まりを見いだす清輔の感性がよく表れた一首です。
百人一首第84番 藤原清輔『長らへば』百人一首における位置付け
藤原清輔の「長らへば」は、
過去のつらさが時を経て愛おしさに変わる心の機微を
描いた一首です。
また恋の嘆きや未練が多い百人一首の中でも、
“時の流れが心を癒す”という静かな成熟が特徴で、
人生の余情を伝える歌として位置づけられています。
藤原清輔がなぜこの和歌を詠んだのか?
百人一首第84番 藤原清輔『長らへば』背景解説–時を越えし恋では、藤原清輔がなぜこの和歌を詠んだのか?についてポイントを3つに分けてみました。
- 過ぎた日々を見つめ直す心
- 人生の無常と成熟の自覚
- 記憶の中に育つやさしさ
過ぎた日々を見つめ直す心
若い頃はつらく思えた出来事が、
年を重ねるにつれて
穏やかに思い返されることがあります。
また清輔は、
その心の変化を静かに見つめ、
時の流れがもたらす癒しを
歌に込めているのです。
人生の無常と成熟の自覚
長く生きることで、
人生の“憂し”と“恋し”がひとつに
つながっていく瞬間があります。
また過去を憎むのではなく、
受け入れようとする姿勢に、
晩年の清輔ならではの静かな悟りが
表れています。
記憶の中に育つやさしさ
当時は苦しかったことも、思い返せば
どこか温かい気配を帯びている――。
またその不思議な感覚を、
清輔は恋の記憶と重ね、
そして時間が心に灯すやわらかな光として
詠んでいます。

この和歌は、過去のつらい出来事さえも、時を経ると静かな温もりへと変わっていく“心の成熟”を描いた一首です。

また若い頃には気づけなかった優しさや深みが、年月とともに記憶の中で芽生えていく――。
清輔は、時間そのものが人を癒す力を持つことをやわらかく伝えようとしたのです。
読み方と句意


百人一首 第 藤原清輔 ※百人一首では藤原清輔朝臣
歌:長らへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき
読み:ながらへば またこのごろや しのばれむ うしとみしよぞ いまはこひしき
句意:この和歌では、かつてつらいと思った日々も、長く生きるうちに懐かしく恋しく感じられる心の変化が詠まれています。
「時を越えし恋」――いまの私たちなら、どう感じるのだろう?
時が過ぎるほど、昔はつらかった出来事がやさしく思い返されることがあります。その感覚は、記憶・後悔・ぬくもりという三つの想いが静かに重なるからこそ生まれるものなのです。
- 記憶の中で変わっていく気持ち
- 離れて知る大切さ
- 痛みがやさしさに変わる瞬間
記憶の中で変わっていく気持ち
時間が流れると、
過去の出来事は少しずつ輪郭を変えます。
またつらいと思った経験の中にも、
今になって気づく優しさが
潜んでいることもあります。
記憶は、悲しみだけを残すのではなく、心をそっと包む温かさへと姿を変える力を持っています。
離れて知る大切さ
距離や時間が生まれることで、
その人やあの頃の意味が
ようやく見えてくることがあります。
また近すぎると
気づけなかった温もりや存在の重さが、
過去を振り返る今だからこそ
感じられるのです。
離れて初めて知る想いは、心を静かに成長させる深い気づきになります。
痛みがやさしさに変わる瞬間
あの時はつらかった出来事でも、
時間がたつと不思議と愛おしさが
育つことがあります。
またそれは、苦しみと向き合ってきた自分の心が
少しずつ癒されてきた証でもあります。
痛みの記憶がやわらぎ、そっと胸に寄り添う優しさへと変わる瞬間なのです。
百人一首第84番 藤原清輔『長らへば』の楽しみ方
百人一首第84番 藤原清輔『長らへば』背景解説–時を越えし恋では、この和歌の楽しみ方のポイントをこの3つに分けてみました。
- 思い出が変わっていく瞬間を味わう
- 古今の恋の感情を重ねる
- 時間が生み出す余情を味わう
思い出が変わっていく瞬間を味わう
この歌の魅力は、
過去が“つらさ”から“恋しさ”へと
変わる心の動きです。
また年齢を重ねることで見える景色や
感情の変化に共感しながら読むと、
作品に込められた時間と心の深い関係が
見えてきます。
読み返すほど、清輔の静かな成熟が感じられる一首です。
古今の恋の感情を重ねる
「憂しと見し世ぞ今は恋しき」という心情は、
昔の恋を思い返して
“あの頃も悪くなかった”と感じる
現代人の感覚と驚くほど重なります。
また直筆の告白ではなく、
心の内側でそっと寄り添う恋。
時代を越えて響く恋の余韻に身を任せて読む楽しさがあります。
時間が生み出す余情を味わう
この歌は、直接的な説明を避け、
時間の流れに浸るような
“余白の美”を大切にしています。
また何がつらかったのか、
なぜ恋しく思えるのかを
明かさないからこそ、
読む人自身の経験と静かに重なります。
言葉の間に漂う余情こそ、この一首の最大の魅力です。
百人一首第84番 藤原清輔『長らへば』背景解説
上の句(5-7-5)
上の句「長らへば またこのごろや しのばれむ」では、
長く生きるうちに、
かつての出来事がふと胸に戻ってくる心の姿が
描かれています。
また当時はつらかったはずの時間が、
今ではそっと思い出され、
やわらかな懐かしさへと変わりゆく瞬間が
滲んでいます。
五音句の情景と意味「長らへば」


「長らへば」では、長く生きていればこそ、心の中に眠っていた記憶がふと立ち上がってくる。そして時間が心の奥をそっと揺らすような始まりの一句です。
七音句の情景と意味「またこのごろや」


「またこのごろや」では、最近になって、過ぎた日々がよみがえってくる。そして思い出が静かに胸をたたくような、回想の気配が漂います。
五音句の情景と意味「しのばれむ」


「しのばれむ」では、忘れていたはずの出来事が、自然としのばれてくる。そして懐かしさとほのかな痛みが混ざるような余情がにじみます。
下の句(7-7)分析
下の句「憂しと見し世ぞ 今は恋しき」では、
当時はつらく、
心を沈める出来事だった日々が、
今思い返すとどこか温かく、
また愛おしささえ感じられるという
時間がもたらす不思議な心の変化が
しみじみと描かれています。
七音句の情景と意味「憂しと見し世ぞ」


「憂しと見し世ぞ」では、当時はつらく、心を沈める出来事ばかりに見えた日々。そして痛みや悩みが重くのしかかっていた過去の時間が、静かによみがえります。
七音句の情景と意味「今は恋しき」


「今は恋しき」では、そんな過去さえ、今ではどこか愛おしく思える。そして時間が苦しみをやわらげ、ぬくもりへと変えた心の余情が漂います。
百人一首第84番 藤原清輔『長らへば』和歌全体の情景


長く生きるうちに、かつてはつらいと思った日々が、ふと胸の奥から静かに立ち上がってくる。当時は心を苦しめた出来事も、今ではどこか温かく、懐かしい光を帯びて思い出される。そして時間が痛みをやわらげ、記憶にやさしさを灯す――そんな心の変化を、静かな回想の調べで描いた一首です。
▶次回記事はこちらから!
過ぎし日の思い出を静かに振り返る第84番に続くのは、眠れぬほど恋の思いに沈む夜の物語です。次回の第85番・俊恵『夜もすがら』では、明けない夜と相手のつれなさが胸にしみる一首を紹介します。どうぞあわせてご覧ください。
👉百人一首第85番 俊恵『夜もすがら』背景解説–つれなき夜更け
百人一首第84番 藤原清輔『長らへば』まとめ
藤原清輔の「長らへば」は、
過ぎた日々のつらさが、
時を経てやわらかな恋しさへと
変わる心の不思議を描いた一首です。

上の句では思い出のよみがえりを、下の句では感情の成熟を静かに表現。そして時間がもたらす癒しと余情が、読むたびに胸へそっと灯り続けます。

百人一首第84番 藤原清輔『長らへば』背景解説–時を越えし恋を百人一首の第一歩として、この和歌を味わうことで、和歌の魅力を発見してみてください。



