百人一首第86番 西行『嘆けとて』で、
和歌の世界を旅してみませんか?
月を眺めていると、
心の奥に沈めていた想いが
ふとあふれ出すことがあります。

西行の「嘆けとて」は、涙の理由を月のせいにしながらも、本当は自分の心が知っている痛みを静かな夜の情景に重ねた一首。

月明かりに浮かぶ切ない余情を、そっと味わってみませんか。
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今回の西行の歌が“月に託す涙”なら、前回は 眠れぬ夜をさまよう恋の切なさ を描いた一首でした。
第85番・俊恵『夜もすがら』では、明けない夜と相手のつれなさを静かに詠んでいます。あわせて読んでいただくと、恋の情感がより深く響きます。
西行の生涯と百人一首の背景
生涯について


平安末期に生きた武士出身の僧侶・歌人で、
本名は佐藤義清。鳥羽院に仕えたのち、
23歳で出家し諸国を旅しながら詩歌と
修行の道を歩みました。

また素朴な自然観と深い内省に満ちた歌風で知られ、『山家集』を中心に多くの和歌を残した中世歌人の象徴的存在です。
歴史的イベント
西行が生きた時代は、
院政期の政治の揺らぎと
武士台頭が進む激動期でした。

また彼の歌には、世俗の争いから距離を置き、自然と向き合う中で得た静かな悟りが反映されています。

特に「月」や「涙」をテーマにした歌は、心の迷いと求道的な精神が結びつき、百人一首では深い内面を映す象徴的歌人として取り上げられています。
他の歌について
西行は『新古今和歌集』に、
「秋篠や外山の里やしぐるらむ伊駒の岳に雲のかかれる」
という歌を残しています。
またこの歌は、西行が得意とした
晩秋の景色を描いた代表歌のひとつです。

そして外山の里に時雨が降り、伊駒の山に雲がかかる様子を静かなまなざしで捉え、自然と心の陰影が寄り添う西行らしい幽玄の世界が広がっています。

旅の途中でふと立ち止まり、物思いに沈む彼の姿が感じられる一首です。
百人一首第86番 西行『嘆けとて』百人一首における位置付け
西行の「嘆けとて」は、
月を見つめながら流れる涙に、
自らの心の痛みを映した内省の一首です。
また恋の部後半の“深い嘆き”を象徴し、
表現を抑えながら感情の奥を
描く中世和歌の感性が際立ちます。
そして百人一首の中でも、静かな情緒と
精神性の高さを示す歌として
位置づけられています。
西行がなぜこの和歌を詠んだのか?
百人一首第86番 西行『嘆けとて』背景解説–月に託す涙では、西行がなぜこの和歌を詠んだのか?についてポイントを3つに分けてみました。
- 涙を月のせいにしてしまう心
- 心の奥に潜む孤独の自覚
- 言葉にできない感情の表現
涙を月のせいにしてしまう心
胸にしまってきた思いがあふれ出し、
その理由を自分ではなく“月のせい”に
してしまう瞬間があります。
また西行は、言い訳のように月へ託しながら、
本当は自分の心が痛みを知っていることを
静かに感じていたのです。
心の奥に潜む孤独の自覚
誰にも届かない想いを抱えたとき、
涙は自然とこぼれてしまいます。
また西行は、その孤独を否定せず、
月の光の下でそっと受け止めました。
そして夜の静寂の中で己の弱さと向き合う姿が
にじんでいます。
言葉にできない感情の表現
涙の理由を語らず、
ただ「月のせいだ」とだけつぶやくことで、
かえって深い感情が伝わる――。
また西行は、言葉にしきれない痛みを、
余白のある表現でそっと示そうとしたのです。

この和歌では、月を見つめながら流れる涙の理由を“月のせい”にしているように見えて、実は心の奥の痛みに静かに気づいている自分がいます。

また強がりと素直さが入り混じるその感情は、誰かを深く想ったことのある人ならそっと共鳴できるもの。
西行は、言わずに伝える心の深さを、この一首に託しています。
読み方と句意


百人一首 第 西行 ※百人一首では西行法師
歌:嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな
読み:なげけとて つきやはものを おもはする かこちがほなる わがなみだかな
句意:この和歌では、月のせいにしながらも、本当は自分の心の痛みが涙を流させていることに気づく嘆きが詠まれています。
「月に託す涙」――いまの私たちなら、どう感じるのだろう?
夜空を見上げると、言葉にできなかった気持ちがふとあふれることがあります。また「月に託す涙」には、隠した感情・素直になれない心・静かな癒しという現代の私たちの三つの思いが重なっています。
- 素直に泣けない夜がある
- 抱えきれない想いを預けたくなる
- 光を見つめることで落ち着く心
素直に泣けない夜がある
誰かの前では強くふるまってしまい、
本当の気持ちにふたをしてしまうことがあります。
そんな夜ほど、月を見上げることで
ようやく涙があふれてくるものです。
“月のせい”にするのは、自分の弱さをそっと許すための小さな言い訳なのかもしれません。
抱えきれない想いを預けたくなる
胸の奥にしまってきた言葉にならない想いは、
誰かに話すこともできず、ただ心で渦巻くだけ。
またそんなとき、静かに光る月は
聞き役になってくれるように感じられます。
人に言えない感情を、空のどこかへ託して軽くしたい気持ちがにじんでいます。
光を見つめることで落ち着く心
涙が出る夜でも、
月の光を眺めていると、
少しだけ心が整う瞬間があります。
また理由のわからない悲しみも、
柔らかな光に触れることで形を変えていく。
月は、癒しと静かな慰めをそっと差し出す存在として、今も人を支えています。
百人一首第86番 西行『嘆けとて』の楽しみ方
百人一首第86番 西行『嘆けとて』背景解説–月に託す涙では、この和歌の楽しみ方のポイントをこの3つに分けてみました。
- 月の光と心の揺れを重ねて読む
- 言葉にしない感情の美しさを味わう
- 静寂の中にある悟りの気配を感じる
月の光と心の揺れを重ねて読む
この歌は、月を見つめる中であふれる涙を
“月のせい”にしてしまう心の揺らぎが魅力です。
また月の光は、悲しみを照らすと同時に、
そっと寄り添うような静けさを持っています。
その光と心の動きを重ねながら読むと、涙の理由を言い出せない、繊細な感情の余白が見えてきます。
言葉にしない感情の美しさを味わう
西行は、涙の原因をはっきり語らず、
月のせいにしてしまうという
“言わぬ美”を用いています。
またこの曖昧さこそが、
読む人それぞれの経験と静かに重なり、
深い共感を生むポイント。
説明しすぎない和歌の魅力を味わうことで、心の奥にひそむ感情がそっと浮かび上がります。
静寂の中にある悟りの気配を感じる
自然の中に身を置き、
心の痛みと向き合う姿は、
西行ならではの求道的な世界です。
また涙を流しながらも、
その涙を月に託すことで、
わずかながら心が軽くなる瞬間があります。
夜の静けさに包まれたその境地には、悲しみを受け止めていく静かな悟りの気配が漂っています。
百人一首第86番 西行『嘆けとて』背景解説
上の句(5-7-5)
上の句「嘆けとて 月やは物を 思はする」では、
月が自分に嘆けと言ったわけではないのに、
月を見ていると涙がこぼれてしまう
心の揺れが描かれています。
また夜空の光に触れた途端、
隠していた感情が静かにあふれ出す瞬間が
伝わってきます。
五音句の情景と意味「嘆けとて」


「嘆けとて」では、誰かに「嘆け」と命じられたわけではないのに、心の奥で押し込めていた悲しみがふと湧き上がるような気配が漂う一句です。
七音句の情景と意味「月やは物を」


「月やは物を」では、月が自分の気持ちを動かすはずはない――そう思いながらも、月を見ていると涙がこぼれそうになる。月への言い訳と自問が交差します。
五音句の情景と意味「思はする」


「思はする」では、月の光に照らされると、隠してきた感情が自然と胸にのぼってくる。そして心が勝手に動き出してしまう瞬間が映されています。
下の句(7-7)分析
下の句「かこち顔なる わが涙かな」では、
月のせいにしているように見せかけながら、
本当は自分の心の痛みが涙を流させていることを
静かに認める姿が描かれています。
言い訳をしつつも本心が滲む、
西行らしい深い内省があらわれる結句です。
七音句の情景と意味「かこち顔なる」


「かこち顔なる」では、月のせいにしているように装いながら、実は自分の心の痛みをごまかしている。そして言い訳めいた表情が静かに浮かぶ情景です。
七音句の情景と意味「わが涙かな」


「わが涙かな」では、こぼれる涙は月のせいではなく、胸の奥にある想いそのものの証。そして抑えきれない心の叫びが一筋の涙となって落ちる情景です。
百人一首第86番 西行『嘆けとて』和歌全体の情景


月を見つめながら佇む夜、ふとこぼれた涙を「月のせいだ」と言い聞かせてみる。しかし胸の奥では、その理由が自分自身の痛みにあることを静かに感じ取っている。月の光に照らされるほど、隠してきた感情があらわになり、言い訳と本心が交差する、切ない内省の情景が広がっています。
百人一首第86番 西行『嘆けとて』まとめ
西行の「嘆けとて」は、
涙の理由を月に託しながら、
自分の心の痛みと静かに向き合う一首です。
上の句では月への言い訳を、
下の句ではこぼれる涙の本心を描き、
強がりと素直さが重なる深い内面が
浮かび上がります。

夜の静けさににじむ感情の余白が、今も読む人の心にそっと寄り添います。

百人一首第86番 西行『嘆けとて』背景解説–月に託す涙を百人一首の第一歩として、この和歌を味わうことで、和歌の魅力を発見してみてください。
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