百人一首第87番 寂蓮『村雨の』で、
和歌の世界を旅してみませんか?
雨上がりのひんやりとした空気の中、
真木の葉に残る露が光り、
そこから霧がふわりと立ちのぼる――。

寂蓮の「村雨の」は、秋の夕暮れに漂う静けさと、自然が見せる一瞬の美しさをやさしく描いた一首です。

心をそっと鎮めるような、幽玄の世界を味わってみましょう。
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雨上がりの静けさを描くこの一首の前には、月に涙を託した西行の深い内省の物語がありました。
第86番『嘆けとて』では、月明かりの下でこぼれる切ない想いを読み解いています。あわせてご覧いただくと、夜から夕暮れへと連なる和歌の情緒の流れがより深く味わえます。
寂蓮の生涯と百人一首の背景
生涯について


平安末期から鎌倉初期に活躍した歌僧で、
法名は寂蓮法師。
藤原北家の流れをくむ名門の出身で、
若くして出家し諸国を巡りました。

また自然の気配を繊細に捉える歌風が高く評価され、『新古今和歌集』の撰者の一人にも選ばれています。

旅と修行の中で磨かれた感性が、多くの幽玄の歌を生みました。
歴史的イベント
寂蓮が活動した時代は、
院政期の終わりと
鎌倉幕府成立が重なる激動期で、
貴族社会から武家社会への
転換が進んでいました。

またその中で和歌は精神的な拠り所として重視され、『新古今和歌集』では自然と心を溶け合わせる幽玄美が中心に据えられました。

寂蓮の歌は、その美学に深く影響を与え、中世和歌への橋渡し役として重要な位置を占めています。
他の歌について
寂蓮は『新古今和歌集』に、
「うらみわび待たじ今はの身なれども思ひなれにし夕暮の空」
という歌を残しています。
この歌は、寂蓮が得意とした
“夕暮れの情感”を繊細に捉えた恋歌です。

もう待つまいと思いながらも、夕空を見ると過ぎた恋を思い出してしまう――。

自然の景色と心の揺れが静かに重なり、寂蓮特有のしみわたる哀感と余情が広がる一首です。
百人一首第87番 寂蓮『村雨の』百人一首における位置付け
寂蓮の「村雨の」は、
百人一首の秋歌を象徴する静寂美を
極めた一首として位置づけられています。
また雨上がりの露と霧が立つ情景を通し、
心の奥へと沈むような幽玄の世界を表現。
そして自然の一瞬の移ろいをとらえた、
秋の部の代表的名歌です。
寂蓮がなぜこの和歌を詠んだのか?
百人一首第87番 寂蓮『村雨の』背景解説–霧立つ夕べでは、寂蓮がなぜこの和歌を詠んだのか?についてポイントを3つに分けてみました。
- 雨上がりの“移ろい”をとらえたかったから
- 夕暮れに漂う静寂を描きたかったから
- 自然と心が重なる“幽玄”を表したかったから
雨上がりの“移ろい”をとらえたかったから
村雨が過ぎた直後、
葉の露がまだ乾かず、
そこから霧が立つ――
またほんのわずかな時間だけ
現れる美しい瞬間を、
寂蓮は見逃さず歌にしました。
そして自然の移ろいを鋭く感じ取り、
一瞬に宿る“もののあはれ” を
詠みとめたかったのです。
夕暮れに漂う静寂を描きたかったから
秋の夕暮れは、光が弱まり、
音も少なくなる時間帯です。
また寂蓮はその静けさと、
心がすっと落ち着くような
深い余情に魅せられました。
そして霧が立ちのぼる情景を通して、
静寂が与える心の安らぎと寂しさ を
表現しようとしたのです。
自然と心が重なる“幽玄”を表したかったから
霧・露・夕暮れといった儚い自然現象は、
そのまま人の心の揺れや深まりを
映し出す素材になります。
また寂蓮は、
自然の姿を借りて心の境地を示す
中世和歌の“幽玄の美” を追求し、
その象徴としてこの歌を詠みました。

この和歌では、雨上がりの森にふわりと霧が立つ、その儚い美しさに心を動かされた寂蓮が詠んだものです。

また風も音も少ない夕暮れの中で、自然が見せる“しずけさの変化”に、自らの心の静まりを重ねています。
自然と心がそっと溶け合う瞬間をとらえた、幽玄の世界を象徴する一首として読み継がれています。
読み方と句意


百人一首 第 寂蓮 ※百人一首では寂蓮法師
歌:村雨の 露もまだ干ぬ 真木の葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮れ
読み:むらさめの つゆもまだひぬ まきのはに きりたちのぼる あきのゆふぐれ
句意:この和歌では、村雨のあと、露がまだ乾かない真木の葉から霧が静かに立ちのぼる秋の夕暮れの、しっとりとした静寂美が詠まれています。
「霧立つ夕べ」――いまの私たちなら、どう感じるのだろう?
忙しい一日の終わりに、ふと心が静まり返る瞬間があります。また「霧立つ夕べ」という言葉には、立ち止まる時間・心の余白・癒しの静けさという、現代の私たちが求める三つの感覚が重なっています。
- 立ち止まって呼吸を整える時間
- 感情に輪郭を与えるやわらかな曖昧さ
- 自然と心がゆっくり溶け合うひととき
立ち止まって呼吸を整える時間
霧がゆっくり立ちのぼる光景は、
あわただしい気持ちを
落ち着かせるような力があります。
また目の前の霧を眺めると、
心の中にたまった焦りやざわつきが、
そっとほどけていくように
感じられることがあります。
現代人にとっての「霧立つ夕べ」とは、ひと息つける“静かな隙間”の象徴なのかもしれません。
感情に輪郭を与えるやわらかな曖昧さ
霧はすべてをぼかしながら包み込み、
はっきりしないものを
そのまま受け入れてくれます。
また「うまく言えない気持ち」や
「答えが出ない悩み」も、
霧の中では少しだけ軽くなる。
そしてその曖昧さが、
かえって心を守ることさえあります。
はっきりしないままでいいと思わせてくれる夕べが、ここにあります。
自然と心がゆっくり溶け合うひととき
夕暮れの光と霧が重なる時間は、
世界がやわらかく静まり返る瞬間です。
またその中に身を置くと、
自分の心も自然のリズムに合わせて
ゆっくり落ち着いていくように感じられます。
「霧立つ夕べ」は、心と景色がひとつに溶ける穏やかな時間として現代でも深く響く表現です。
百人一首第87番 寂蓮『村雨の』の楽しみ方
百人一首第87番 寂蓮『村雨の』背景解説–霧立つ夕べでは、この和歌の楽しみ方のポイントをこの3つに分けてみました。
- 一瞬の自然の変化を味わう
- 音のない静寂の世界を感じる
- 心が景色に溶けていく感覚を味わう
一瞬の自然の変化を味わう
この歌の核心は、
村雨が過ぎてすぐの「ほんの少しの時間」です。
また露が乾ききらない葉の上から、
霧がふわりと立ちのぼる――
自然がわずかに姿を変える瞬間を捉えています。
日常の中でも、“小さな移ろい”に心を向けるだけで世界は静かに深まっていく。そしてその感覚を持ちながら読むと、歌の味わいが増します。
音のない静寂の世界を感じる
村雨のあとの夕暮れは、
風も弱く、音もほとんどありません。
またその静けさが、
霧の立ち上る気配をいっそう
引き立てています。
そして歌を読むと、まるで自分まで
その場に立っているかのように、
しんとした空気が胸に広がります。
言葉の中にある“音のない世界” を想像することが、この和歌を楽しむ大きなポイントです。
心が景色に溶けていく感覚を味わう
寂蓮の歌は、自然描写に見えて、
そこに自分の心がそっと重なっていく感覚を
味わえるのが特徴です。
また霧が立つ情景は、
心の中の静まりや揺らぎそのもの。
景色と心が境目なく溶け合うように読むことで、歌の幽玄さが一層際立ちます。そして自分の感情の陰影と自然が響き合う瞬間を楽しんでください。
百人一首第87番 寂蓮『村雨の』背景解説
上の句(5-7-5)
上の句「村雨の 露もまだ干ぬ 真木の葉に」では、
雨脚の短い村雨が過ぎた直後、
真木の葉にはまだ露が乾かずに
しっとりと残っています。
また雨上がりの冷たさと静けさが漂い、
自然が呼吸を整えているような穏やかな瞬間が
描かれています。
五音句の情景と意味「村雨の」


「村雨の」では、秋の空にさっと降り、すぐに通り過ぎていく村雨。そしてその短さの中に、季節の移ろいと冷たさがそっと含まれています。
七音句の情景と意味「露もまだ干ぬ」


「露もまだ干ぬ」では、雨が止んでも、葉の上にはまだ湿り気を含んだ露が残る。そして乾ききらない瑞々しさと静かな余韻が漂っています。
五音句の情景と意味「真木の葉に」


「真木の葉に」では、しっかりとした木々の葉が、雨を受け止めてしっとりと重くなる。そして秋の深まりを感じさせる落ち着いた情景が広がります。
下の句(7-7)分析
下の句「霧立ちのぼる 秋の夕暮れ」では、
露を含んだ真木の葉から、
白い霧がふわりと立ちのぼり、
秋の夕暮れのしんとした空気が
あたりを満たしています。
また光も弱まり、
色も音も静かに溶けてゆく中で、
自然が静寂へと移っていく瞬間が
描かれています。
七音句の情景と意味「霧立ちのぼる」


「霧立ちのぼる」では、雨の名残りを含んだ葉から、白く細い霧がふわりと立ちのぼる。そして自然が静かに姿を変える瞬間の神秘が漂っています。
七音句の情景と意味「秋の夕暮れ」


「秋の夕暮れ」では、光が弱まり、空が淡く沈んでいく秋の夕方。そして音さえ薄れていくような、心まで静まるしっとりとした時間が広がります。
百人一首第87番 寂蓮『村雨の』和歌全体の情景


村雨が通り過ぎたあとの森には、まだ露が乾かずに残り、真木の葉がしっとりと濡れています。またその瑞々しい面から、白い霧がふわりと立ちのぼり、秋の夕暮れのしんとした空気をやわらかく包んでいく。そして光も色も静かに沈む中で、自然の移ろいと深い静寂が心にしみ込むように広がる一首です。
百人一首第87番 寂蓮『村雨の』まとめ
寂蓮の「村雨の」は、
雨上がりの露と霧がつくり出す
秋夕暮の静けさを、
繊細な感性でとらえた一首です。

上の句では湿り気を帯びた葉と露の余韻を、下の句では霧が立つ神秘的な瞬間を描き、自然の移ろいが心に寄り添うような幽玄の世界を示しています。

百人一首第87番 寂蓮『村雨の』背景解説–霧立つ夕べを百人一首の第一歩として、この和歌を味わうことで、和歌の魅力を発見してみてください。
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