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百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし

百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにしたイメージの画像 百人一首

百人一首第66番 行尊『もろともに』で、

和歌の世界を旅してみませんか?

山奥にひっそりと咲く山桜に、

自らの孤独な心を重ねた一首があります。

紫式部
紫式部

今回は、出家した僧でありながら深い情を湛えた歌人・行尊ぎょうそんによる「もろともに」をご紹介します。

小野小町
小野小町

自然との対話の中に浮かび上がる、静かな共感の美しさを感じてみましょう。

和歌の魅力をより深く理解するために、和歌と短歌の違いを学べる記事もぜひご覧ください。また和歌の形式や表現の違いを学ぶことで、百人一首の味わいがより一層広がります。

百人一首の流れを追って楽しむことで、和歌の歴史や背景がより深く感じられます。そして前の歌をまだご覧になっていない方は、ぜひ百人一首第65番 相模さがみ『恨みわび』記事も併せてご覧ください。

生涯について

百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「行尊」の肖像画
写真:パブリックドメイン(提供元:Wikipedia)
百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにした和歌の画像

行尊ぎょうそん Wikipedia(1055年頃〜1135年頃)は、

平安後期の天台宗の僧で、

白河法皇に仕えた僧正です。

藤原北家の出身で、

権力の中枢に関わる一方、

山林での隠棲や和歌にも深い関心

持ちました。

紫式部
紫式部

また出家後も宮中との関わりを保ちながら、多くの歌を詠み、『金葉和歌集』などに入集。

小野小町
小野小町

そして、感情を内に秘めた静かな作風が特徴で、百人一首には自然と心の交感を詠んだ「もろともに」が選ばれています。

歴史的イベント

行尊ぎょうそんは白河院の側近として重用され、

宮中でも高い地位にありながら、

俗世を離れて山林にこもる生活を選びました。

特に大原や比叡山での隠棲は、

彼の心の在り方をよく示しています。

紫式部
紫式部

また自然の中で自らの孤独と向き合い、花や鳥を相手に語りかけるような和歌を多く詠みました。

小野小町
小野小町

そして歌「もろともに」も、そうした隠遁生活の中で生まれたものであり、自然と心が響き合う情景が表れています。

他の歌について

行尊ぎょうそんは『新古今和歌集』に、

あはれとてはぐくみたてし古へは世をそむけとも思はざりけん

という歌を残しています。

過去を思い出し、

かつては愛情を注ぎ育んだ人々や

出来事を懐かしむ一方で、

今は世を捨てた自分に戸惑いを

感じる姿がにじみます。

紫式部
紫式部

また行尊の和歌は、このように出家者としての孤独や過去への想いを含み、どこか切なさと静寂を湛えた情緒が特徴といえるでしょう。

行尊ぎょうそんの和歌は、

出家した僧が自然と心を通わせるという、

宗教的静寂と情緒が融合した一首です。

また恋歌が多い百人一首の中で、

孤高の精神世界を詠んだ異彩の存在

として注目されています。

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行尊がなぜこの和歌を詠んだのか?

百人一首第66番 行尊ぎょうそん『もろともに』背景解説–知る人もなしでは、行尊がなぜこの和歌を詠んだのか?についてポイントを3つに分けてみました。

3つのポイント
  • 自然との心の交感
  • 出家者としての孤独
  • 人の世から離れたまなざし

自然との心の交感

山桜に「あはれ」と語りかけることで、

孤独な心をそっと打ち明けています

また自然は行尊にとって、

最も親しい聞き手だったのでしょう。

出家者としての孤独

人との縁を断ち、

山林に隠棲した出家者の心には、

誰にも打ち明けられない思いがありました。

またその寂しさがこの一首ににじんでいます。

人の世から離れたまなざし

世俗から離れた眼差しが、

花だけが心を知るという

静かな悟りを表しています。

そこには、無常を見つめる僧の

深い情感が宿っています。

紫式部
紫式部

この和歌は、恋や人間関係を超えた孤独と共感の歌です。

小野小町
小野小町

山桜という自然の存在にしか心を打ち明けられない――その感情は、出家者の孤高と優しさを同時に映しています。

静かな語りかけの中に、深い情と悟りのはざまが感じられる一首です。

読み方と句意

百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにした和歌とイメージの画像
百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにした和歌の画像

百人一首第66番 行尊|大僧正行尊ぎょうそん|だいそうじょうぎょうそん ※百人一首では大僧正行尊

歌:もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし

読み:もろともに あはれとおもへ やまざくら はなよりほかに しるひともなし

句意:山深くに咲く桜にだけ心を通わせ、誰にも語れぬ想いを自然に託す孤独な心情が詠まれています。

「知る人もなし」――いまの私たちなら、どう感じるのだろう?

誰にも言えない気持ち。でも、そばにいてくれる存在がほしい。「知る人もなし」という言葉には、そんな静かな孤独誰かとのつながりを求める心がにじんでいます。

3つのポイント
  • わかってほしいけど、言えない
  • 自然だけが聞き手になるとき
  • そっと寄り添ってくれる存在

わかってほしいけど、言えない

本当は話したいのに、言葉にできない。

心の奥でくすぶる想いがある。

誰かが察してくれたら…そう願う気持ち。

心の奥にある感情ほど、うまく言葉にできません。また「知る人もなし」という感覚は、共感を求める一方で、声にならないもどかしさをそのまま抱えているような、そんな繊細な心の状態を表しているのかもしれません。

自然だけが聞き手になるとき

忙しさや気づかれに疲れて、

誰とも話したくない日がある。

それでも自然の中では、心が少しやわらぐ。

ひとりきりの時間が必要なとき、人の声よりも風や木々のざわめきが心に響くことがあります。誰にも言えない気持ちを、ただ自然に預ける――それは現代に生きる私たちの癒しのかたちかもしれません

そっと寄り添ってくれる存在

理解してもらうより、

そっとそばにいてくれることが救いになる。

言葉よりも気配が支えになるときがある。

話すことよりも、「そばにいる」という静かな気配が、心をふっと軽くすることがあります。「知る人もなし」と思うとき、本当に求めているのは、理解ではなく安心感かもしれません。寄り添うだけの優しさに、人は癒されるのです。

百人一首第66番 行尊『もろともに』の楽しみ方

百人一首第66番 行尊ぎょうそん『もろともに』背景解説–知る人もなしでは、この和歌の楽しみ方のポイントをこの3つに分けてみました。

3つのポイント
  • 孤独と自然の対話を感じる
  • 上の句と下の句の断絶に注目
  • 宗教的背景をふまえて読む

孤独と自然の対話を感じる

「花よりほかに知る人もなし」という結句は、

人の世を離れた孤独をあらわすと同時に、

自然と通じ合うような

穏やかなまなざしを感じさせます。

また孤独の中にある優しさ

目を向けて読むことで、

この和歌の静かな感動が

じわじわと伝わってきます。

人と離れて生きる出家者の想いを、山桜が静かに受けとめる。そして自然との心の交感に注目すると、より深く味わえます。

上の句と下の句の断絶に注目

上の句では、

人に語りかけているように見えるのに、

下の句でその相手が

「花」だと明かされる展開には、

読者に静かな驚きと深い余韻を残します。

またこの転換こそが、

行尊の技巧と詩的感性の妙

そして読むたびに、

その静けさの裏にある心の動きが

見えてきます。

「もろともにあはれと思へ」と語りかけた相手が、実は“山桜”だった――という構造が巧みです。

宗教的背景をふまえて読む

行尊は宮中に仕えた高僧でありながら、

山林にこもる隠遁生活を選んだ人物です。

またその背景をふまえて読むと、

自然を友とする姿勢や、

「知る人もなし」の言葉に

無常と孤高の精神

にじんでいることがよくわかります。

宗教詠としての味わいも見逃せません。

この和歌は出家僧・行尊ならではの視点から生まれています。世俗との距離や無常観を意識して読むと味わいが深まります。

百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説

上の句「もろともに あはれと思へ 山桜」では、

まるで親しい人に語りかけるような口調で始まります。

しかし、その相手が人ではなく「山桜」であることで、

孤独な心が自然に寄り添う情景が浮かび上がります。

優しい呼びかけに、寂しさと共感がにじみます。

五音句の情景と意味「もろともに」

百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにしたイメージの画像
百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにした和歌の画像

「もろともに」では、誰かと一緒にこの想いを分かち合いたいという、静かな共感への願いがにじむ呼びかけの言葉です。

七音句の情景と意味「あはれと思へ」

百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにしたイメージの画像
百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにした和歌の画像

「あはれと思へ」では、心の機微にそっと寄り添い、その寂しさや感動を「わかってほしい」と願う切なる響きです。

五音句の情景と意味「山桜」

百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにしたイメージの画像
百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにした和歌の画像

「山桜」では、山奥にひっそり咲く桜の姿に、孤独な心が自然と重なり、やさしく静かな風景が広がります。

下の句(7-7)分析

下の句「花よりほかに 知る人もなし」では、

人の世から離れた出家者の心を映しています。

語りかけた相手が人ではなく、

ただひとり山桜だけであるという構造が、

孤独と自然との深いつながりを静かに伝えています。

七音句の情景と意味「花よりほかに」

百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにしたイメージの画像
百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにした和歌の画像

「花よりほかに」では、山奥に咲く花だけが、自分の心を理解してくれる――そんな自然との静かなつながりが込められています。

七音句の情景と意味「知る人もなし」

百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにしたイメージの画像
百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにした和歌の画像

「知る人もなし」では、誰にも語れぬ想いを抱え、たったひとつの共感相手が花だけである孤高がにじみます。

百人一首第66番 行尊『もろともに』和歌全体の情景

百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにした和歌とイメージの画像
百人一首第66番 行尊『もろともに』背景解説–知る人もなし「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし」の情景をテーマにした和歌の画像

和歌全体では、山深く、誰もいない静けさの中でひっそり咲く山桜。その花にだけ、心を語りかける出家者の姿があります。人との縁を絶ち、孤独のなかにある者の胸に、花はただ静かに「あはれ」を返してくれる――そんな自然との共鳴が広がる一首です。

百人一首第66番 行尊『もろともに』まとめ

行尊ぎょうそんのこの和歌は、

ただの自然賛美ではなく、

孤独と共感の在り方を静かに問いかける一首です。

人との縁を断ち、世を離れた者にとって、

心を映すのは咲き誇る山桜だけ。

「知る人もなし」という言葉には、

深い寂しさと、

自然への信頼が込められています。

紫式部
紫式部

現代に生きる私たちも、誰かに言えない気持ちを抱えるとき、静かな自然の中で、そっと心をゆるすことがあるのではないでしょうか。

小野小町
小野小町

百人一首第66番 行尊ぎょうそん『もろともに』背景解説–知る人もなしを百人一首の第一歩として、この和歌を味わうことで、和歌の魅力を発見してみてください。

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