高浜虚子の『白牡丹といふといへども紅ほのか』には、白牡丹と呼ばれる花に、ほのかな紅色が差している様子が詠まれています。
白牡丹と聞くと、真っ白な花を思い浮かべるかもしれません。しかし、この句では、白い花の中に淡い紅色を見いだし、「といふといへども」という独特な言い回しによって、その微妙な色の違いを印象深く表現しています。
本記事では、「白牡丹」「といふといへども」「紅ほのか」ということばを一つずつたどりながら、花の色彩を捉えた観察と、言葉の運びが生み出す、この句ならではの魅力をわかりやすく解説します。

「白牡丹」と言いながら、最後は「紅ほのか」と結んでいるところが面白いですね。白という名前と、実際に見える淡い紅色との違いに目を向けた表現が印象的です。

白い牡丹なのに、よく見ると少し紅色があるんですね。花をじっくり眺めることで気づく、小さな色の違いが感じられます。
花の色彩を見つめた高浜虚子とは?
高浜虚子(1874〜1959年)は、正岡子規に学び、俳句雑誌『ホトトギス』を主宰した近代俳句を代表する俳人です。「客観写生」と「花鳥諷詠」を重視し、自然や季節の移ろいを捉えた多くの俳句を残しました。
虚子の俳句には、身近な草花や自然の姿を丁寧に観察し、わずかな変化や違いを簡潔な言葉で表現した作品があります。『白牡丹といふといへども紅ほのか』も、白い牡丹の花に見える、ほのかな紅色を捉えた一句です。
この句では、「白牡丹」という名前を示しながら、「といふといへども」という言い回しを経て、最後に「紅ほのか」と結んでいます。花の色を見つめる細やかな観察と、言葉の運びによって印象を深める表現に、虚子の写生の魅力を感じられます。
高浜虚子の生涯や人物像について詳しく知りたい方は、Wikipediaの「高浜虚子」も参考になります。
『白牡丹といふといへども紅ほのか』とは


白牡丹といふといへども紅ほのか
読み方:はくぼたんと いうといえども こうほのか
季語:白牡丹(夏)
※「白牡丹」は、白い花を咲かせる牡丹を指し、初夏を表す季語です。大きく華やかな花の姿とともに、その繊細な色合いも俳句の題材となります。
作成時期:大正14年(1925年)、高浜虚子51歳の作品です。5月17日に大阪で開かれた毎日俳句大会で詠まれた句とされ、句集『五百句』に収められています。
※出典:高浜虚子『五百句』(青空文庫公開版)
句意:白牡丹と呼ばれる花ではあるけれど、よく見ると、ほのかに紅色が差している。白という花の名前と、実際に見える淡い紅色の違いを捉え、細やかな観察と言葉の運びで表現した一句です。
句をことばごとに読む
『白牡丹といふといへども紅ほのか』は、白牡丹という花の名前と、実際に見えるほのかな紅色の違いを捉えた一句です。
「白牡丹」「といふといへども」「紅ほのか」という3つの言葉のまとまりに分けて読むことで、季語の意味や独特な言い回し、そして最後に示される淡い紅色の魅力をより深く味わえます。
※この句は、音数の区切り方によって「六・七・五」や「五・八・五」と捉えることができます。本記事では、言葉の意味やつながりをわかりやすく伝えるため、五・七・五の区分にこだわらず解説します。
「白牡丹」


「白牡丹(はくぼたん)」は、この句の季語で、初夏を表します。
牡丹は幾重にも重なる大きな花びらが特徴で、華やかな花の姿と豊かな色彩が古くから親しまれてきました。
その中でも白牡丹は、白い花びらが印象的な花です。しかし、ひとくちに白といっても、光の当たり方や花びらの重なりによって、さまざまな表情が見えてきます。
この句では、まず「白牡丹」という名前から白い花の姿を思い浮かべますが、続く「といふといへども」によって、その印象に変化が生まれていきます。
「といふといへども」


「といふといへども」は、現代の言葉では「というけれども」「とはいうものの」という意味です。
ここでは、白牡丹という名前を認めながらも、実際に見える花の色は、白一色ではないことを示しています。
「白牡丹」と言い切らず、あえて「といふといへども」と続けることで、花の名前と目の前の色彩との微妙な違いが浮かび上がります。この言い回しが、最後の「紅ほのか」へと読者の目を導いているのです。

白牡丹という名前なのに、「でもね」と続くところが面白いですね。どんな色が見えているのか、気になります。

「白牡丹」と「紅ほのか」の間に、この言葉があることで、白という名前から、実際の花の色へと視線が移っていくのですね。
「紅ほのか」


最後に置かれているのが「紅ほのか」ということばです。
「紅(こう)」は赤い色を指し、「ほのか」は、かすかで目立たない様子を表します。ここでは、白牡丹の花に淡い紅色が差している様子が詠まれています。
「紅」という言葉には鮮やかな赤色も連想されますが、「ほのか」と続けることで、強い赤ではなく、注意深く見て初めて気づくような淡い色合いが浮かび上がります。
冒頭の「白牡丹」から最後の「紅ほのか」へと進むことで、白一色に見えた花の中に、わずかな紅色が見えてくる。その小さな発見が、句の結びに静かな余韻を残しています。
句全体の意味と情景
「白牡丹」「といふといへども」「紅ほのか」を一つにつなげると、この句には、白牡丹と呼ばれる花にも、よく見ると淡い紅色が差しているという発見が表れています。
「白牡丹」で白い花の姿を示し、「といふといへども」という言い回しを経て、最後に「紅ほのか」と結んでいます。そこには、花の名前から思い浮かべる色と、目の前にある花の実際の色合いを、丁寧に見つめるまなざしが感じられます。

「白牡丹」という名前から白一色の花を思い浮かべますが、最後に「紅ほのか」と続くことで、印象が少し変わりますね。わずかな色の違いを見逃さないところが、この句の面白さだと思います。

真っ白だと思っていた花にも、ほんのり紅色があるんですね。近くでじっくり眺めたら、私もそんな小さな発見ができるかもしれません。

そうですね。「といふといへども」という言葉があることで、白と紅を単に並べるのではなく、白い花の中に紅色を見つけていくような流れが生まれています。その色の感じ方は、読む人によっても少しずつ違うでしょう。
白牡丹という名前と、そこに見えるほのかな紅色。花の色彩を丁寧に捉え、独特な言葉の運びによって、小さな発見を印象深く伝える一句です。
この句をもっと楽しむ3つのポイント
『白牡丹といふといへども紅ほのか』は、白牡丹の花に見える淡い紅色を、独特な言葉の運びで表現した一句です。
この句をさらに味わうために、白と紅の色彩の違い、言葉が生み出す間合い、そして細やかな観察による写生の魅力という3つの視点から見ていきましょう。
- 白の中に見つけた淡い紅色
- 「といふといへども」が生む言葉の間合い
- 花の色彩を捉えた写生の魅力
白の中に見つけた淡い紅色
白牡丹と聞くと、私たちは真っ白な花びらを持つ牡丹を思い浮かべます。幾重にも重なる白い花びらには、清らかで落ち着いた美しさがあります。
しかし、実際に花をよく見つめると、白一色ではないことに気づく場合があります。花びらの奥や重なりの中に、ほんのわずかな紅色が見えることもあるでしょう。
白い花という印象と、その中に見つけた淡い紅色。 この二つを重ねて味わうと、「白牡丹」という名前から始まる句の印象が、最後の「紅ほのか」によって静かに変化していきます。
この句を読むことで、普段はひとつの色として見ているものにも、さまざまな色合いや表情が隠れていることに気づかされるかもしれません。
「といふといへども」が生む言葉の間合い
白牡丹の花に淡い紅色が見えることを伝えるなら、「白牡丹に紅ほのか」といった簡潔な表現も考えられます。しかし、虚子はその間に「といふといへども」という言葉を置いています。
すぐに紅色を示すのではなく、「白牡丹とはいうものの」と一度立ち止まるような言い回しによって、最後の色彩へと向かう独特な間合いが生まれています。
また、「いふ」と「いへども」という言葉の響きが重なるところにも注目です。
少し回り道をするような表現ですが、その言葉の運びによって、白牡丹という名前を受け止めながらも、目の前に見える色を確かめているような印象が残ります。

「白牡丹」と「紅ほのか」を直接つなぐのではなく、「といふといへども」を挟んでいるところが面白いですね。言葉の間に生まれるわずかなためらいが、色彩の発見を印象深くしているように感じます。

「白牡丹だけれども……」と聞くと、その先が気になりますね。最後の「紅ほのか」で、なるほど、そういうことだったんだと気づく楽しさがあります。
花の色彩を捉えた写生の魅力
この句に描かれているのは、白牡丹の花に見える、わずかな紅色です。
大きな出来事が起きるわけでもなく、花の姿が劇的に変化するわけでもありません。目の前の花を見つめ、その色彩の小さな違いを言葉にしているところに、この句の魅力があります。
私たちは日常の中で、花の名前や全体の色を確かめるだけで、その前を通り過ぎてしまうことがあります。一輪の花をじっくり眺める機会は、意外と少ないのかもしれません。
しかし、少し視線をとどめてみると、花びらの重なりや光の当たり方によって、思いがけない色合いが見えてくることがあります。
虚子の句は、そうした小さな発見を、細かな説明を加えずに伝えています。白牡丹のどの部分に、どの程度の紅色が見えたのかまでは語られていません。
白の中に、どのような紅色を思い浮かべるのか。 その色合いを一つに決めず、読み手それぞれの感覚で花の姿を味わえるところにも、写生の俳句ならではの楽しさがあります。
高浜虚子の代表作や春夏秋冬の俳句をまとめて読みたい方は、高浜虚子の俳句まとめもあわせてご覧ください。

まとめ
高浜虚子の『白牡丹といふといへども紅ほのか』は、白牡丹という花の名前と、そこに見える淡い紅色の違いを捉えた一句です。白一色と思っていた花にも、よく見ると微妙な色合いがあることを伝えています。
「といふといへども」という独特な言い回しによって、白牡丹という名前から、実際に見える花の色へと視線が移っていきます。最後の「紅ほのか」へと向かう言葉の間合いが、小さな色彩の発見を印象深くしています。
大きな出来事ではなく、一輪の花に見えるわずかな色の違いを丁寧に捉えているところに、虚子の写生の魅力があります。身近な草花にも、まだ気づいていない美しさがあるのかもしれないと感じさせてくれる一句です。
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